こんな、大雨だと思いだす。身元バレるかもだけど、いいや。今から10年前くらい…その日も酷い雨だった。中学生だった自分は勿論、親も不安がる雨だった・・・
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こんな、大雨だと思いだす。
身元バレるかもだけど、いいや。
今から10年前くらい…その日も酷い雨だった。
中学生だった自分は勿論、親も不安がる雨だった。
その日も普通に学校に行った。流石にこの雨にだから親に送って貰って学校に行った。
道路脇の側溝という側溝から水が溢れてた。
こんな雨は、久しぶりだった。
私が小学生の時も一度大雨が有った。
その時も一時的に側溝から水が溢れたが、道路の一部しか冠水しなかったし直ぐに引いた。
ただ溢れ方が尋常じゃなかった。
噴水の如く溢れてた。
何とか学校についたら、やっぱり話題はこの大雨、その時は、生徒に道路の状況とか聞いてた。
その日は、お偉いさんが来て講演する予定になってた。
講演自体は、体育館で予定通り行われた。
ただ、雨が酷くて話が全く聞こえなかった。
バケツをひっくり返したような雨なんて、もんじゃなかった…プールをひっくり返すような雨だった。
講演が終わると、流石に「この雨はやばいのではは?」と生徒の間でなった。
ただ、先生からは「一部予定を変更するが、午後の保護者会は行う」そんな内容がアナウンスされた。
>>152続き
それから、掃除して給食食べてる最中か食べる前か食べ終わった後かは忘れたが、先生がステージに上がった。(給食は、ステージ付きの食堂で食べてました。)
「○○川(少し遠い川)が氾濫しました。××川(学校から近い川)も氾濫しそうです。午後は全生徒帰って下さい。」と言った内容だった。
当たり前だが、保護者の迎え有るまで帰るなとのことだった。
そして…その連絡は各々取って下さいとのことだった。
中学生に携帯電話なんて普及してないし、持ってても校則で禁止されてるから、持ってる人は少数だった。
じゃあ…どうするかって…校内に唯一有る公衆電話に長い列が出来た。
中には、自主的に迎えに来る親も居て私も父親が迎えに来てくれてあまり並ばずに済んだ。
中には近所の子も一緒に迎えに来てくれてる家族もあったらしい。
とりあえず家に着いたが家に着いたらで、近くに川がありこれも氾濫寸前。
とりあえず公民館に避難したが…公民館も近くに川がある…
親戚の家に…と思ってたら、学校近くの××川が決壊したとのことだった。
友達は…なんて心配は、一瞬だった。
とりあえず一度家に戻り、家族と本格的な避難の準備を、した。
「あ!あれ見て!」
姉が窓の外を指指していた。
家の近くの小さな川が氾濫したのだ…水が迫ってくる…1時間も掛からないうちに水が押し寄せてた。膝下まで水は来ていた。
恐ろしかった。小さな川でさえ、この水の量。
家の近くのあの大きな川が氾濫したら本当に死ぬな…と思った。
>>153続き
夜になり、いよいよ避難するとなった。
ただ、我が家でペットを飼っていたが置いてくしかなった。
これがつらかった。
せめて…と思って再び一階に置いてあるトイレやらご飯を二階に移動させた。
長靴を吐いて移動したが、水を吸って重く前に進まなかった。
何とか高台に有る車までついた。
近くに近所の人が居て「…もしかしたらここには戻れんかもね」と呟く様にいっていた。
幸い避難する親戚のうちは、氾濫の心配は少なくスムーズに行けた。ラジオからは、ひっきりなしに水害の情報が流れてきた。
「△△中学校に取り残されている人は…」私の中学校だった…200人くらいとのことだった。
迎えが間に合わなかった生徒は勿論、子どもを迎えに来たが帰れなくなった、保護者もいたと後で聞いた。
親戚の家に着くと、疲れていたためすぐに寝た。
一夜明けると水害の酷さが見えてきた。
普段知っている校舎が水に浸かり、川はあちらこちらで氾濫。
この時も、多分ペットの事をずっと考えていた。
次の日か、2日後だが思ったより直ぐに自宅に帰れた。
家に帰ったからペットが死んでたらどうしよう…と不安だったが名前を呼ぶとちゃんと出てきて、本気で謝った。
トイレを移動したのに、ちゃんと用を足しててすごいなーと思ってた。
勿論まだ、水は引かず安心は出来ない…というか一部床上浸水らしく親が嘆いてた。
家の近くを、ずっとヘリコプターが飛んでてうるさかった。
父から「あれテレビの取材のヘリやね」と溜め息まじりで言ってた。
段々水が引いてきたと、同時に泥が酷くてびびった。
本格的に水が引いてなんとか、学校再開のメドが立った。
学校行く前に家の掃除だった。
親戚が来て掃除してくれたり、買えなかったモノを買いに行ったり少しずつ日常が戻ってきた。
>>155続き。
思ったり長くなってしまった…多分コレで最後。
結局学校は、一週間休校になっていた。
再開初日は、自転車通学がダメで親の送迎でないとダメだった。
とりあえず生徒、教師の死者は居なかったが町内だと逃げ遅れたお年寄りが亡くなったりしていた。
本来なら、決壊しそうならサイレンななる仕組みになっていたが水害が有った年に「もう水害は起こらないだろう」と止めてしまったらしい。
この水害の為、再びサイレンは鳴るようになった。
生徒の中には通学出来ずに学校再開に間に合わない生徒もいた。
我が家はまだ被害は軽い方で、全壊の子もいたらしい。
とりあえず水害怖いなと思い知りました。
読んでて臨場感溢れてて
渦中にいるようだったよ
最後に書かれていたサイレンをならないようにした奴は、蓮舫レベルの無能な働き者だよなあ
災害なんて何時起こるかわからないから備えているのに、自分の考えでこれはもう無駄だろうと削った時に、災害が起きるって皮肉な場面は民主党の仕分け後の災害対策費用が必要なのに捻出できない状況で遭遇したわ